D1の学生視点で、とくに修士の生活と博士後期課程進学の検討の観点から、研究室紹介を依頼しました(金川)。
【簡単に自己紹介】
2年前にも研究室紹介[リンク] を書いた学生です。この紹介記事を書いた当時は、ちょうど博士課程への進学と就職で揺れていた時期でした。あれから2年、結局進学する道を選び、今は金川研唯一の課程博士学生として楽しく研究する日々を送っています。この2年の経験を踏まえ、修士課程と博士課程の両方について金川研を紹介していきます。博士課程のウェイトが大きめになっておりますが、ご一読いただければ幸いです。
【金川研における修士課程の研究と就活】
金川研の主な研究テーマは「気泡を含む液体中を伝播する圧力波(音波)の理論解析」です。気泡流の運動を記述する複数の方程式(例えば、質量保存式、運動量保存式、気泡振動の方程式、状態方程式、など)に対して数学的な操作を施し、波の伝播のみを記述する1本の方程式を導出します。このように聞くと一見難しそうに感じますが、導出するための方法は確立されおり、先輩方の卒・修論に詳細な導出過程が書かれているので、安心してください。導出には高度な数学的知識は必要無く、学類1年生時の解析学が理解できていれば研究をこなすことができます。もしつまずいたりした場合には先生が丁寧に説明してくださいますし、先輩達も優しく教えてくれると思います。ただし、導出する際の手計算量は極めて膨大です。何日にもわたって式変形を行い続ける必要がありますし、途中で計算ミスが発覚して膨大な式変形をやり直すこともあります。数学や物理が得意でなくとも問題ありませんが、膨大な計算をやり切るだけの忍耐力は必要です。
上述のように金川研の研究は理論的なため就活(特にメーカー)に不利である誤解されがちですが、実は対象とする現象(=気泡を含む液体の流れ)は様々な産業と結びついた実学的なものです。代表的な例として、原子力発電の熱交換器、自動車の水冷システム、眼鏡の超音波洗浄機などにおいて気泡流現象の研究成果が応用されています。また近年、液体燃料ロケットにおけるエンジンの安定性解析(宇宙工学)や超音波による癌治療(医工学)、火山の噴火シミュレーション(地球物理学)など、流体工学以外の分野への応用が注目されています。このように気泡流は様々な応用先があるがゆえに、気泡流の理論的枠組みを理解していることは、様々な問題に対して柔軟に対応できるということを意味します。この点をしっかりとアピールすることができれば就活で困ることはありませんし、実際に就職した先輩方は皆一流企業で活躍されています。金川研は比較的新しい研究室ですが、3期生の卒業を控えた今では金川研ならではの就活ノウハウも確立しつつあるので、就活に関して心配する必要は無いでしょう。
【博士課程に進学するメリット】
博士課程については「20代後半になるまで学生で社会経験が無い」「修士課程の方が就活の際に有利、博士まで進むと進路の幅が狭まる」「生涯賃金が少なくなる」等の否定的な意見は少なからずあります。自分も修士課程の時には、そのようなデメリットもあるかもしれないと考えていました。しかしながら、実際に博士課程として8ヶ月過ごしてみて、これらのデメリットはいかようにも変えられると考えを改めました。
博士課程で得られるものとして「トランスファラブルスキル」というものがあります。これは専門外の様々な場面で活用できる総合的なスキルのことで、具体的には、自分で研究テーマやゴールを設定して3年という短い期間で取りまとめる計画力、実際に研究を遂行して論文を理路整然と書く論理的思考力、学会等で成果をわかりやすく伝える広報力、学振特別研究員などの研究費申請書を書くための資金獲得能力、などが該当します。修士課程でもこれらのスキルを鍛えることはできますが、博士課程ではさらに高いレベルこれらのスキルが要求されます。
トランスファラブルスキルは研究に限ったことではなく、企業でも同様に必要とされるスキルです。例えばあるプロジェクトを立ち上げる場合、上層部に対してプロジェクトの優位性をわかりやすくプレゼンすることで予算をつけてもらい、他社に先んじて短い期間でプロジェクトを遂行してまとめる、これら一連の流れで必要なスキルは博士課程において要求される能力と非常に似ています。すなわち、博士課程の学生は1つの研究テーマという小さいプロジェクトのプロジェクトマネージャーと言えます。特に、20代半ばという若い時期にアカデミアという世界最先端のコミュニティにおいて、小さいながらもプロジェクトを一から完遂する経験ができる環境は他に無く、この点が博士課程に在籍する大きなメリットだと考えています。
終身雇用がなくなりつつある昨今、他者と差別化できる部分を作ることはますます重要視されます。その中でも、博士号の取得は最高の選択肢の一つと言えます。なぜなら、博士号は「研究活動というプロジェクトを一から遂行するだけの能力と実績を有する」ことを証明する免許証だからです。博士課程で培った様々なスキルは、場所を問わず将来の幅を大きく広げてくれます。「民間企業に就職するつもりだけれど研究はもう少し続けてみたい」と考えている人にこそ、ぜひ博士課程への進学をおすすめします。3年間は長く感じるかもしれませんが、博士号の取得は将来への先行投資として充分以上に価値があると考えます。
【金川研での博士生活】
博士課程に進学してからは、金川研の主なテーマである「気泡流の運動を記述する複数の方程式を波の伝播のみを記述する1本の方程式にまとめる」研究ではなく、「気泡流の運動を記述する複数の方程式」そのものの解析に取り組んでいます。また、将来的には気泡流の複雑な数値計算やマグマ流動の研究に着手したいと考えています。ある程度研究分野の全体像が見える段階になってからではありますが、このように博士課程では自分からテーマを希望・提案したりすることができます。修士課程では頂いた研究テーマの中での自由度であるのに対し、博士課程では一歩上流における自由が認められます。良い成果が得られるかどうかは自己責任となりますが、自由に好きなテーマにチャレンジするという研究本来の楽しさを実感することができています。(D1)
【補足(金川による)】中で触れられていた「就職先」を以下に例示します(株式会社省略、五十音順)。
いすゞ自動車、SUBARU、トヨタ自動車、野村総合研究所、東日本高速道路、三菱重工業
新設研究室であり、第1期生(2020年修士修了)・第2期生(2021年修士修了)までしかいないため、大きな参考にはなりません。学類卒業後は全員が博士前期(修士)課程に進学しており、学類卒での就職者はいません。主として自動車や重工業等の製造業への就職者が多いですが、結果論に過ぎず、機械系への就職を強く推奨しているわけでもありません(とはいえ、金川研は大括りでは機械工学(流体工学・熱工学)の研究室に大分類されますので、一定の傾向はあるかもしれません)。実際に、機械系と無関係な就職先を希望し就職する学生も一定数います(建設業界への内定者もいます)。一方で、機械工学の研究に携わることは、就職先だけでなく就職後のことを考えても、極めて有意義と考えます。機械工学(mechanical engineering)はその名のとおり力学を基礎に置く工学分野であり、多種多様な工学の諸分野の中でも最も基礎かつ根幹といえ、機械工学の領域の研究に携わった経験を有する人材は、あらゆる場面・業界において必要とされ続けると個人的に考えます(金川)。